僕が入っているMLに次のようなメールが流れていた:
「メディアに露出するときは、にこやかに。口元を上げてくださいね。話し方は、おっとりと。穏やかに。日野原先生みたいに。
服装はおしゃれに。ややトラッドなのがよろしい。カジュアルすぎてはペケ。いかにも市民運動家ふうのラフな服装は逆効果ですよ。
ジャンパー不可。橋下知事が組合をやりこめたのは、組合側があまりにしょぼかったというのもあるんです。ぴかぴかなくらいでよろしい。金ピカは不可ですけどね。
ヨレヨレ不可。ぼさぼさ不可ですよ。髪はきれいに洗う。丁寧にグルーミング。
「プロ市民」なんていわせない。、、、イメージ作戦ですよ。敵は空っぽのおつむですがイメージでここまで来てるんです」
このメールを見て、かつて「女なんてネクタイしか見ていないんだから」と言ってのけた政治家がいたことを思い出した。僕の勤め先でも、似たようなことが起こっているのかもしれない。若手の同僚の中には、講義の日には必ず背広ネクタイという人が増えているようなのだ。
先日も、教育実習で実習生の学生がネクタイ着用は当然のこと、実習校への「事前の挨拶」(子どもが実習に行く訳でもなし、何で必要なのか訳が分からない)に行く教員もネクタイと上着着用を原則とするというお達しが配られた。ここまでくると、これはイメージ作戦ですらない単なる同調主義、いわゆる協調性なるもののアピールでしかない。まあ、イメージ作戦を考えるよりも単純な何も考えていない集団同調主義の告白でしかないのだろうから、大したことではないのかもしれない。しかし、より多くに人々にとっては、こちらのconformismの方が実際の威力は強いのではないだろうか。
一方で「一人一人の子どもの個性を生かす」と言いながら、他方ではこれから高温多湿になる日本の気候の中で上着にネクタイの「右へ倣え」を当然とする連中の気心がしれない。「個性の尊重と言いながら制服を義務づけるのはおかしいのではないかい?」と学生に尋ねたら、きょとんとする者が増えてきている。
ドレスコードにも階層区分があるのだろうか。
2009年4月13日月曜日
ネギ豚味噌炒め
「日経」の土曜版にベターホーム協会というところが、「かんたん美味」という簡単料理のコラムを続けている。調理時間15分とか20分とかいう料理の連載でなかなか良い。
そこに「豚肉のみそいため」という料理が出ていた。
レシピは、生姜焼き用豚300g、長ネギ2本。味噌、砂糖、酒、醤油を適当に混ぜておいて、葱は斜め切り、肉は食べやすい大きさで、ごま油で中火炒め。およそ肉に火が通ったところで葱を入れて炒め、味噌等を混ぜておいたものを絡める。以上、15分。
今日は、味噌に酒などなどとあるところを、無精して人からもらった「マルコメ液みそ」を使った。豚は、いつも行くタナカ肉店の肩ロース薄切り140円という奴を使った。同じロースでも足の方より肉がしっかりしていて良い。手間がかかったとすれば、この脂身部分を切り取ったことくらいか。葱は大目に300gに対して4本使った。
この料理(と言えるかどうか分からないくらい簡単な作業)の良いところは、長葱の緑の部分も使えること。普段ならこの部分は、豚ブロックやスペアリブの醤油煮込みの時くらいしか使わず、多くの場合は捨ててしまう。それがこの料理の場合は、彩りに少し薄切りに使うことができる。アクセントが付いてなかなか良い。
2009年4月12日日曜日
占春園散歩
元教育大の跡地下にある占春園に初めて行ってきた。

18世紀の守山藩とかの下屋敷跡の「江戸三大名園」(後楽園以外に何?)とかとのこと。とはいえ、庭園としてはぱっとしない。せっかくの斜面が生かされていない。現在ある姿が原型のままであるはずはないから、酷評するのは酷というものだろう。
ともかく嬉しかったのは、大きな樹木があり、広い池もあったこと。池には、おそらく育てていたら大きくなって困って放された亀が、何匹も悠々と泳いでいた。一年前まで埼玉にいた頃は、住まいのすぐ近くで大きな樹木の下や林の中を歩くことができた。それが都内に来てから、大きな樹がない息苦しさをひしひしと感じていた。池袋より近い距離に、小さくてぱっとしなくても、こうした所があるので幸せな気分になった。
ドケチな僕には入場料なしというところが、たまらなく嬉しい。何せ小石川植物園は300円からとるからね。
2009年4月11日土曜日
ベトナムからの楽しいメール
一ヶ月前に嬉しい便りを、ベトナムに留学(? というより遊学と言うべきか)しているA君からもらった。
そして昨日、また元気なメールをもらった。余りに楽しく、また元気づけられるので、ブログへ掲載することを頼んだところ快諾をもらった。そこで、二つのメールを紹介する。こういうメールをもらうと、僕は本当に感心してしまうし、元気づけられるね :
<3月のメール> ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
T先生へ
元気でやってますよー。言葉は通じませんが、毎日の食事はおいしいし、まあ、暑いのが少しこたえます。大学では、日本語を教えているので、日本に興味のある学生が多いです。時間いっぱいいっぱいなので、なかなか話すことはできませんが、半年後には私がベトナム語を、学生は日本語を学んで、少しくらいは会話ができたらなと。
最初の1ヶ月間は、極貧生活をしようと、クーラーはもちろん禁止。冷蔵庫も使ってませんし、お風呂、洗濯は、バケツに水をためています。ベトナム語以外にも学ぶべきことは多そうです。
そして、ベトナム人は朝が早い(熱帯・亜熱帯はそうなのかもしれませんが)。朝5時には、道端に売店が出て、朝食の簡単なパンやらご飯が売られています。その分、夜は、9時には終わった感満載です。バイクが多すぎて、ひかれそうなのがスリル満点ですが、3、4歳の子たちが、バイクの川を抜けていく姿を見ると、住めばなんとかなるもんだと実感しています。
たまにメールしますね。もし来たくなったらご一報を☆
まあ、まだ来て1週間なので、これからが勝負です。
では、また!!
<4月のメール> ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
T先生へ
大学では、外国語学科の日本語の会話を担当しています。極貧滞在ですので、自分で稼がないといかんのですね。といっても、時給計算するとベトナム人の正規雇用の方々よりいい給料(新聞の記事にあった正規の給料の時給と比べると、2〜3倍もらっています)なので、ちょっと複雑です。ベトナム語は、ほぼ独学です。家で文法や単語を勉強して、学生や買い物、バイクタクシーのおっちゃんたちと会話しています。あと、ベトナム語の意味不明のテレビを見続けるという苦行もありますね。たまに分かる単語があるとホッとします。
最先端といえば、私の間借りしている家(1階は服屋さん)は、時たま停電します。電気を使いたくても使えない。最強のエコです。まあ、日本みたいに蒸した暑さではないので、なんとかやっていけます(昼は35℃近くまで上がる日もありますが)。ドアを開ければ、それなりに涼しいのです。虫よけには、蚊取り線香。なかなか風流です。
ベトナムはバイク天国です。ホーチミンなどの市街地は、おそらく日本なんかよりも空気は悪いです。布製のマスクがやたら売られているのも納得です。
ゴミ事情は、一頃より良くなったようで、道のいたるところに緑色のゴミ入れが設置してあります。そして、決まった時間にごみ回収のおじちゃん、おばちゃんがやってきます。その集め方は雑で、道にゴミをこぼしまくっていきますが。
スーパーのようなしっかりした場所の方が従業員のやる気が感じられません。大衆食堂的な店の方が、まだ元気があります。レジ打ちしている姿も、なんだかおっくうな感じですし、客をほったらかして、店員の大半はおしゃべりをしています。大衆食堂は、明らかに従業員が多すぎる感じで、ちょっと大きい店だと10人くらいが無駄にいます。そして食堂が多すぎます。いいことなのですが、味を比較していきたい私としては、なかなか店を回りきれません。というか、回りきるのは不可能です。
ベトナムコーヒーは、異常に濃いです。もしよければ、B**(大学正門前の食堂)で、頼んでみてください(あそこの店の人たちはGさんの家にも行ったことがあるんですよ)。日本のコーヒーのつもりで飲んだら、必ずノドがやられます。アイスは氷が溶けるのを待ちながら、本当にチビリチビリと飲むのがおいしいです。あと、さとうきびジュースもおいしいです。さとうきびをすりつぶして出てくる液を氷にぶち込むシンプルなものですが、あっさりした甘さがこの暑さにとてもいい!!
T先生が気になる食事の方はといいますと、野菜だらけです。フォーのような麺類やおかゆなどにも、必ず野菜の皿がつきます。入れたいだけ汁の中に入れるのですが、いくら食べても、値段は変わりません。物価は、市街地の方がもちろん高いのですが、私が住んでいるのは、市街地から徒歩1時間ほど離れているので、ほぼベトナムの生活感覚で行けると思います。だいたい、1万5000ドン〜2万ドン(100円未満〜150円程度)くらいで、食堂では食事ができます。朝食は、露店のバィンミーというフランスパンのサンドイッチや、チマキのようなもち米を食べます。これは5000ドン〜6000ドン(30円〜40円程度)なので、リーズナブルで、けっこうおいしいです。
聞き取りはもちろんできませんが、なんとか外に出て、コミュニケーションをとっています。近くに日本人は皆無なので、日本人コミュニティにも、入りたくても入れない、いい場所です(笑)
なんとかやってますよー。
そして昨日、また元気なメールをもらった。余りに楽しく、また元気づけられるので、ブログへ掲載することを頼んだところ快諾をもらった。そこで、二つのメールを紹介する。こういうメールをもらうと、僕は本当に感心してしまうし、元気づけられるね :
<3月のメール> ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
T先生へ
元気でやってますよー。言葉は通じませんが、毎日の食事はおいしいし、まあ、暑いのが少しこたえます。大学では、日本語を教えているので、日本に興味のある学生が多いです。時間いっぱいいっぱいなので、なかなか話すことはできませんが、半年後には私がベトナム語を、学生は日本語を学んで、少しくらいは会話ができたらなと。
最初の1ヶ月間は、極貧生活をしようと、クーラーはもちろん禁止。冷蔵庫も使ってませんし、お風呂、洗濯は、バケツに水をためています。ベトナム語以外にも学ぶべきことは多そうです。
そして、ベトナム人は朝が早い(熱帯・亜熱帯はそうなのかもしれませんが)。朝5時には、道端に売店が出て、朝食の簡単なパンやらご飯が売られています。その分、夜は、9時には終わった感満載です。バイクが多すぎて、ひかれそうなのがスリル満点ですが、3、4歳の子たちが、バイクの川を抜けていく姿を見ると、住めばなんとかなるもんだと実感しています。
たまにメールしますね。もし来たくなったらご一報を☆
まあ、まだ来て1週間なので、これからが勝負です。
では、また!!
<4月のメール> ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
T先生へ
大学では、外国語学科の日本語の会話を担当しています。極貧滞在ですので、自分で稼がないといかんのですね。といっても、時給計算するとベトナム人の正規雇用の方々よりいい給料(新聞の記事にあった正規の給料の時給と比べると、2〜3倍もらっています)なので、ちょっと複雑です。ベトナム語は、ほぼ独学です。家で文法や単語を勉強して、学生や買い物、バイクタクシーのおっちゃんたちと会話しています。あと、ベトナム語の意味不明のテレビを見続けるという苦行もありますね。たまに分かる単語があるとホッとします。
最先端といえば、私の間借りしている家(1階は服屋さん)は、時たま停電します。電気を使いたくても使えない。最強のエコです。まあ、日本みたいに蒸した暑さではないので、なんとかやっていけます(昼は35℃近くまで上がる日もありますが)。ドアを開ければ、それなりに涼しいのです。虫よけには、蚊取り線香。なかなか風流です。
ベトナムはバイク天国です。ホーチミンなどの市街地は、おそらく日本なんかよりも空気は悪いです。布製のマスクがやたら売られているのも納得です。
ゴミ事情は、一頃より良くなったようで、道のいたるところに緑色のゴミ入れが設置してあります。そして、決まった時間にごみ回収のおじちゃん、おばちゃんがやってきます。その集め方は雑で、道にゴミをこぼしまくっていきますが。
スーパーのようなしっかりした場所の方が従業員のやる気が感じられません。大衆食堂的な店の方が、まだ元気があります。レジ打ちしている姿も、なんだかおっくうな感じですし、客をほったらかして、店員の大半はおしゃべりをしています。大衆食堂は、明らかに従業員が多すぎる感じで、ちょっと大きい店だと10人くらいが無駄にいます。そして食堂が多すぎます。いいことなのですが、味を比較していきたい私としては、なかなか店を回りきれません。というか、回りきるのは不可能です。
ベトナムコーヒーは、異常に濃いです。もしよければ、B**(大学正門前の食堂)で、頼んでみてください(あそこの店の人たちはGさんの家にも行ったことがあるんですよ)。日本のコーヒーのつもりで飲んだら、必ずノドがやられます。アイスは氷が溶けるのを待ちながら、本当にチビリチビリと飲むのがおいしいです。あと、さとうきびジュースもおいしいです。さとうきびをすりつぶして出てくる液を氷にぶち込むシンプルなものですが、あっさりした甘さがこの暑さにとてもいい!!
T先生が気になる食事の方はといいますと、野菜だらけです。フォーのような麺類やおかゆなどにも、必ず野菜の皿がつきます。入れたいだけ汁の中に入れるのですが、いくら食べても、値段は変わりません。物価は、市街地の方がもちろん高いのですが、私が住んでいるのは、市街地から徒歩1時間ほど離れているので、ほぼベトナムの生活感覚で行けると思います。だいたい、1万5000ドン〜2万ドン(100円未満〜150円程度)くらいで、食堂では食事ができます。朝食は、露店のバィンミーというフランスパンのサンドイッチや、チマキのようなもち米を食べます。これは5000ドン〜6000ドン(30円〜40円程度)なので、リーズナブルで、けっこうおいしいです。
聞き取りはもちろんできませんが、なんとか外に出て、コミュニケーションをとっています。近くに日本人は皆無なので、日本人コミュニティにも、入りたくても入れない、いい場所です(笑)
なんとかやってますよー。
2009年4月9日木曜日
若い人には期待してしまう
今日も良い天気。新入生の講座ガイダンスがあった。教員の自己紹介はメンバーが11人もいるので、昨年辺りから「主任」が代表して歓迎の辞をを述べることになった。何せ教員には、職業柄だろうか、喋りたい人が大勢いるのでそうでもしないと自己紹介だけで延々1時間以上かかってしまい、眠る者続出、担架で担ぎ出される者も出かねない(嘘か?)という事態になる。
そこで、挨拶代わりに僕はチラシを配った。読み返してみると、やはり教師づらした説教クサイ。僕としては「君たちに期待している、君たちの奮闘の役に立ちたい」というアピールのつもりなのだが。
以下に再録:
よ う こ そ !
○ 社会に目を向けよう!
後にも先にも君は君だけ。しかし、我々は生まれる時代も場所も選べない。周囲に流されながら受け身で生きていくのか、少しでも自分らしく主体的に生きていくのか。
そのためには、自分がどんな時代、どんな場所に生まれ育ってきたのか。これからどんな時代を生きていくのか。面倒でも、辛くても社会に目を向け続けることが不可欠です。これは、また自分とは何かを考えていく上での前提にもなります。
○ 視野を広げよう!
大事だと思う社会問題を追っかけていこう。週に1回は、定評ある外国の新聞サイトを見よう(見出しだけでも)。
君が学生時代に拡げる視野の幅が、これからの君の人生、活動の幅を決めていきます。丁度、扇の要の角度の違いによって裾の広がり方が変わるように。
○ 知ることより大切なのは考えること
何故なのか? 本当なのか? そうなるとどんな影響が出るのだろうか? 現実には可能性の少ない極限(いうなればマイナス無限大、プラス無限大)まで突きつめて根底的に考えることができるのは学生時代ならではの特権です。「青臭い」と言われようと、徹底して考えぬく自己訓練をしましょう。そのためには、まず自分の感じ、考えを書いてみることが大事です。
○ 異質との出会いを楽しもう!
「仲良し百人つくる」より、これからの人生では、困ったときに親身になって支えてくれる友、心おきなく徹底して討論できる友が大事になってくるでしょう。これはオカネで買えるものではありません。そのためには、日頃「えっ!あの人と?」と思っている人、「メチャ変人・奇人」と感じる人、自分の理解をこえるような人、思ってもいなかった人との出会いに自分を軽く開いていることが大事です(この頃、コミュニケーション能力なんていうやつの第一要素)。自分が求めてもいないのに、自分と違う人と出会ったら、それは「儲けた!」と思えるくらいのことではないでしょうか。
<自己紹介>
「団塊世代」の初老のジジイです。ストレス抵抗力は皆さんの何十分の一。
特に、暴力によらない平和・安全保障をめぐる法問題を研究しています。
2009年4月8日水曜日
2009年4月7日火曜日
36年の軍隊内の反戦活動
昨日の現地見聞の後、菊地さんの案内で、松井田在住のもう一人の妙義闘争の活動家だった中山三喜男さんを尋ねることができた。
93歳。背中を傷めていて動きが楽ではないとおっしゃっているが、しかし、顔の色つやといい、筋道だった話しと言い、とてもその歳とは思われない。そして何よりも振る舞いと表情全体から溢れてくる人間的な充実。
日本の民主主義と平和の運動は、こう言う無名の人々によって支えられていたのだと改めて思った。
高崎師範を卒業。高崎15連隊の中で「軍旗祭り」に際して、第三中隊で「鼠君哀哭」を合い言葉に、髑髏隊の仮装をしたというのだ。

これは歴史書に載せられて良い写真ではないだろうか。
「墨や石灰を分担して調達し、誰が首謀者か分からないようにしてね、これだけ大勢でやってしまえば重営倉たって三つしかありゃあしないのだから、全員ぶち込む訳にはいかない。まあ、考えたんですよ」
93歳。背中を傷めていて動きが楽ではないとおっしゃっているが、しかし、顔の色つやといい、筋道だった話しと言い、とてもその歳とは思われない。そして何よりも振る舞いと表情全体から溢れてくる人間的な充実。
日本の民主主義と平和の運動は、こう言う無名の人々によって支えられていたのだと改めて思った。
高崎師範を卒業。高崎15連隊の中で「軍旗祭り」に際して、第三中隊で「鼠君哀哭」を合い言葉に、髑髏隊の仮装をしたというのだ。
これは歴史書に載せられて良い写真ではないだろうか。
「墨や石灰を分担して調達し、誰が首謀者か分からないようにしてね、これだけ大勢でやってしまえば重営倉たって三つしかありゃあしないのだから、全員ぶち込む訳にはいかない。まあ、考えたんですよ」
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