2010年9月30日木曜日

石畳の道は世界遺産ではない?

ようやく取れた休暇を使って、3年ぶりにフィレンツェへ行ってきた。
1年半前に亡くなった親友の弔い。低劣な遺産争いの結果、退職後に予定し約束していたいたイタリア研究ができなくなったことの挨拶。そして連れ合い共々に心身ともに疲れ果てた数年間をくぐり抜けたご褒美としての休養。

3年前にもその気配は十分にあったが、中央部 centro storico の観光業地化は著しく、世界遺産だらけで替えようもない建物は変わらないものの、その中は至る所に東京等と変わらない内装の店だらけに変わり果てていた。パリでもカフェがつぶれてスタバになっている所が少なくないという。それと似た現象だろう。

ダ・ヴィンチがグライダー実験をしたという Ceceri の山から切り出された石で敷き詰めていた趣のある道も、至る所で平らなクルマで走ってもガタガタしないこぎれいなものに替えられている。石畳の道も世界遺産の街の不可欠の一部ではないのかとうめいてしまう。
(左が従来の道、自転車ならマウンテンバイクにしたくなる程。下が新しく敷かれたロードレーサーでも突っ走れるような道)


親友から電話があり、彼の息子が司法書士の論文試験に合格したと知らせてくれた。嬉しい。彼は、元気でまともだったためか下らない校則違反で高校を退学処分同然に追い出され、20代後半には何と結核におかされた苦労していた。どれだけの苦労があったことだろうか。こういう知らせを聞くと、何かと言えば老いを口実に消極的になっていることが恥ずかしくなる。