2012年8月3日金曜日

今年前半の読書

今年前半に仕事以外で読んだ本のなかで感銘が深かったものいくつか。

1.ワシーリー・グロスマン/斎藤紘一訳『人生と運命』(全3巻)みすず書房

マルタン・デュ・ガールは夏休みになると『戦争と平和』を読んだらしい。5月の連休に夢中になって通読した後、これからの夏は、デュ・ガールが『戦争と平和』と過ごしたように僕はこの本と過ごしたいと思うようになった。

ネットで調べると、欧米ではたくさんの本格的な書評が出ている(London Review of Books, 18 Oct. 2007, John Lanchester など)。BBC4 ではシリーズ化した番組を昨秋に放送したし、専らこの大作のためのサイトもいくつか作られている。

この日本語訳は翻訳賞が贈られてよい優れた翻訳で読みやすい。しかし日本ではまだまともな書評が出ていないようだ。出版直前にみすず書房の宣伝紙に載った赤尾光春さんの書評くらいしか見つからない。朝日、毎日、日経に出た書評は、20世紀のこの傑作の翻訳を無視してはいないというアリバイ作りといった程度のもので、通読はして書かれているのだろうが、作品のメッセージを正面から受止めたものではない。この国の知識層のエネルギーは衰弱の一途を辿っているのかもしれない。

2.J.L. ガディス/河合秀和・鈴木健人訳『冷戦 ー その歴史と問題点』彩流社、2007年

冷戦研究の大家ギャディスが「コンパクトに読める冷戦通史を」という学生からの要望に応えて書いたもの。45〜46年における日本の憲法改革過程研究にかかわり、最初のところだけをつまみ食いするつもりで読んだ。しかし、僕の人生の同時代を扱っているためだろうか、途中で止めることができなかった。昔の写真アルバムを開けてしまったようなのだ。その当時に僕がどきどきしながら見ていた「第3世界」など世界各地の動きが、冷戦という視点から見ると当時とはまったく違った姿で立ち上がってきた。

冷戦崩壊を扱う最後の3章でのヨハネ・パウロ2世などの個人の役割の重視、そして理念の勝利といった見方にはしっくりしないものがある。だが、とかく戯画的に扱われることの多かったレーガンについての評価には頷かせるものがあった。訳文は、日本語としておかしなとこころがいくつもあった。


3.安冨歩『生きる技法』青灯社、2011年

3.11 後、大手マスコミや著名人たちの惨憺たる言論にげんなりしていたとき、『原発危機と「東大話法」ー傍観者の論理・欺瞞の言語』(明石書店)をタイトルに惹かれて読んだ。叙述は少々冗漫であったが、ゲラゲラ笑える程におもしろかったので著者の作品を注意していたら、これを見つけた。自らの経験に基づいて自己嫌悪、貨幣などについて考察し、自立とは多くの人に依存できること。自分自身の内奥の感覚に忠実にしたがうこと」などを唱える人生論はなかなか説得的だった。