2010年10月17日日曜日

騎士団、あるいは領土なき国家

9月の旅の白眉の一つは、修復されたマルタ騎士団の教会を見ることができたことだ。10年以上前、在外研究で滞在することができた際にイタリア語を習っていた Giovanni が勤めていた学校の隣には、マルタ騎士団の小さな元教会があり、使われないままに物置のようになっていた。彼が口癖のように「これから少しずつ修復する」と言っていたのが遂に実現していた。

ドナテッロをもうならせたというブルネッレスキ風の十字架磔形像、今なら小さな金庫でも埋め込んでいたかのように思われる壁の穴には、13世紀のマリア像。脇の壁面にはこのマリア像を取り込んだ大きな聖母子像。そしてカラヴァッチョ風とその直後のマニエリスモの手法が並んで使われているサロメのシーンを描いた立派な絵(フラッシュを控えてしまい上手く写せなかった)。平凡な構図だが傑作といって良い。これにはたまげた。
また床には、ロードスの闘いで戦死した騎士長とかのみごとな浮き彫りの墓銘石板がある。踏みつけられて磨り減ってもおらず、作られたばかりかのよう。この種の墓銘石板の像によくあるように仰向けに横たわり、両手を身体の前でくんでいる死者の姿ではなく、抜き身の剣に身をもたれ暫し瞑目しているかのような像だ。
つまり、観光案内書に記されてもよいような立派な作品がいくつもあるのだ。
一体いまどき、どこから修復資金が出たのだろうか。

帰ってからあわてて調べてみて驚いた。マルタ騎士団は、マルタ島にウェストファリア条約後も固有の領土をもった国家として遇されていたということ。18世紀末のナポレオン軍による攻撃を前に、闘わずして島の支配権を明け渡し、領土なき国家となってしまったとはいえ、ナポレオン後のヴェローナ会議では西欧諸国から国家として承認され、現在でもローマにある本部建物は各国大使館同様の外交特権が認められているということ。そして、国連でも総会オブザーバー United Nations General Assembly observers として、医療関係のNGOとして活動しているらしいこと。外交関係を結んでいる国も100カ国近くあり、これがどうやら増え続けているらしいこと。
http://www.orderofmalta.org/?lang=en

あの塩野七生さんが、この騎士団が最初にいたロードス島でのトルコとの攻防戦についてお話を書いていることも知った(この方のものはかなり読んではいたが、何故か好きになれないので見逃していた)。

面白いのは、騎士団と訳される言葉が英語なら order 、フランス語なら ordre 、イタリア語なら ordine であることだ。教会/神の命令によってどこにでも出かけて行く者ということからきているらしい。それならば十字軍にひっついて行って暴れ回った、現在でいう緊急派遣部隊、特別旅団のようなものに過ぎないという感じもする。しかし、その組織が領土をもって国家として処遇され、更には固有の領土がなくなった後でも主権国家に準じた扱いを受けているという点は、今後の世界ではわくわくさせることではないか。

既に「国境なき医師団」など越境的な国際NGOは数多く活躍している。しかし、そうした組織に属することが、どこかの主権国家の国民であることと同等の扱いを受けるとしたら、例えば僕も幽霊会員であるアムネスティ・インタナショナル会員がもつアムネスティ・インタナショナルのパスポートが主権国家の発行するとパスポート同様の扱いを受けるようになったら、鬱陶しいことの多い主権国家の国籍を捨てて、そうした現代の「騎士団」、領土なき国家に加入する人は何百万、何千万となるのではないだろうか。わが日本国憲法にも国籍離脱の自由は保障されているではないか。