2008年7月11日金曜日

奪えない時間、自分のものでしかない経験



岩田『現代の貧困』ちくま新書を、入門ゼミ(社会科学基礎演習)で8回をかけて読んだ。

若干の出入りはあったが、最後まで熱心に参加したのは10人の若者。彼らの真摯な問いかけに、ついぼくが喋りすぎてしまう傾向があったが、報告も討論も充実していた。幸せな時間だった。

例えば初回1章をとりあげた討論は、こんな調子だった:

<出された論点>

A.なぜ日本では貧困の問題化が10年遅れたのか?
B.ワーキング・プア、ニートが生まれた社会背景は何か?
C.日本のホームレスがおとなしいのはなぜか?
「苦しい」とは言っても自分の失敗を語っていない。
「恥」が原因か?
D.貧困は問題になっても、格差は問題にならないのだるか?
E.「総中流化意識」は日本だけにあったのか?
同じように高度成長のあった他国ではどうだったのだろうか?

<論点Eについての議論>

Kb:見て見ぬ振り、体裁屋といった国民的性格が原因ではないか?

O:イギリスなどは産業革命以降の階級対立の顕在化が、日本を比べると顕著だったのに対して、日本では池田勇人の「国民所得倍増論」のように、全員を一緒に持ち上げ、漏れる人がいないようにする「社会主義的」とでもいった考え方があったからではないか?

Kr:多くの人に貧困が見えなかったからではないか。(イギリスなどの)産業革命(以降の経済成長)は、長期的で漸進的であって、その中で格差が作られていったのに対して、日本の高度成長は比較的短期間になされた。その時期には、大勢の人は経済成長の方に関心が集中し、そこからあぶれる人を見ない傾向になったのではないか。

Kk:戦後の復興が一挙になされ、(生活を)上げることに多くの人の意識が集中し、下層に手が回らなかったからではないか。

Sk:「とりこぼしのないように」という制度でも、それでもこぼれた人はいる。その人たちを見て見ぬふりをした。
それは、貧しくなった人も言い出しにくい、恥ずかしいという意識があり、その人たち自身が声を挙げたり、主張したりすることが弱かったからではないか。

Ay;例えば生活保護の申請をしても、「兄妹がいるからダメ」といったように門前払いされた人を知っている。声を挙げた人はいた。しかし、政府や自治体の貧困についての認識が甘かったのではないか。貧困を問題にすることを制度が阻んだのではないか。

Ab:自治体が(生活保護申請を)受け入れないなどの対応をするときに、それは家族や身内の責任だというように押しつけてしまう。そうした行政機関の対応の仕方には「日本人の意識」といったものを利用するやり方があるのではないか。自治体や行政がただ拒否するだけなら却って反発がでてくる可能性もあるけれど、こういう「日本人の意識」といったものを使った対応のために、いよいよ声を挙げにくくなるのではないか。